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馬渡松子

MAWATARI MATSUKO 馬渡 松子

音楽を求めて〜〜〜馬渡松子〜〜〜

音楽の出会いは物心つく前から。

3才で父と母が離婚。その頃から大好きだった歌を歌わなくなり、親戚の家に預けられた。

叔父の弾く「禁じられた遊び」のギターの音だけに心の拠り所を見つけ。3才から1時間汽車に揺られ、一人で市内のピアノ教室に通う。
2年作曲を学び、その後音楽学校の教諭に師事。ピアノ、ソルフェージュ、聴音のトレーニング。

小学時代は合唱部、合奏部に所属し、ピアノ伴奏、学校全体の卒業式でもピアノ伴奏をする。中学時代は吹奏楽部に所属、
フルート担当とともに全体トレーナーにも抜擢。

アンサンブルでは宮崎代表として九州大会で銀賞を受賞。

高校は都城泉ヶ丘高等学校へ進学。合唱部に在籍していたが、家庭の貧困などの理由により、音楽大学進学の夢は断たれる。
アナーキズムな時代となり、ロックに目覚め、バンドを結成。

幼少から「喘息」があり、学校の成績は優秀だったが、体育は不参加のため「2」であった。

その喘息の発作のため1年浪人の後、千葉大学教育楽部小学校課程理科専攻へ進学。

サークルは軽音楽部に所属。ボーカル、ギター、ベース、キーボードなど、6バンドに在籍。東京のインディーズシーンにも進出したが、雑誌で目にした
ボーカル教室に行く。後の作詞家のリーシャウロンとの出会いとなる。

当時、プリンスのバットマンが流行。バンドのデモ音源、オリジナルのデモ音源の作成の為、1987年よりDTM(デスクトップミュージック)を始める。
そのデモテープをレコード会社に送り、8社より連絡をもらう。

その中のDreams Come Trueの事務所から、2年間の修行後にデビューという契約でMSアーティストに所属。

初めてのプロの仕事が、47都道府県ツアー、ファイナルが代々木体育館となる。

キーボード奏者はもちろん、そこでシンセ音作り、プログラムチェンジ、配線図、MIDI図、スタッフとのコミュニケーション、コーラスワーク、
機材セッティング、搬送、裏方スタッフとしてのノウハウを習得する。

2年修行後、プロデュース、作曲、アレンジ、プログラミング、譜面作成など、歌詞以外の全てのレコーディングの工程を行う。

デビュー半年後、アニメ「幽⭐︎遊⭐︎白書」のオープニングテーマのオファーがあり、「微笑みの爆弾」の楽曲制作、発表。その後、4年間オンエアとなる。

デビューから5年後、自らインディーズレーベル「Pit’a Pat」設立。

多忙の為、神経症で倒れ、ツアーの途中で宮崎の郷里に帰る。


15年様々なスクールでヴォーカルトレーナーを経る。

2010年より、HipHopダンサーのサポートのもと復活。


ブランクの穴を埋めるべくの45才からのもう一回現役へ再始動です。

全国でのライブ活動開始、

また、2015年にはブラジルサンパウロにて「Anime Friends2015」にゲスト出演。

現在、アニメソングイベントに限らず、様々な音楽イベントに勢力的に出演。

また、その傍、楽曲制作、楽曲提供も多数行っている。